断定し、切り捨て、思考を止めてしまったことが恥なのである。

愚かさや未熟さは創造の元になり、客観視を強制する。
だからいくつになっても恥をかける人間である必要があるが、それを最大限享受するには恥の質も重要で、後悔なくそのときの自分のすべてを出した行動で恥をかくべきである。
また恥をかいたあとの周囲への振る舞いまで気を配らなければ、継続的に恥をかくことができなくなる。

でも、そのような振る舞いができなくても、傍観者よりはずっといい。